女の子が楽しく読める読書ガイド
ペギー・スー   
(1巻〜9巻の原題 : PEGGY SUE ET LES FANTOMES)
セルジュ・ブリュソロ作
1巻 魔法の瞳をもつ少女(原題:Le Jour du Chien Blue)2001年
2巻 蜃気楼の国へ飛ぶ(原題:Le Sommeil de Demon)2001年
3巻 幸福を運ぶ魔法の蝶(原題:Le Papillon des Abimes)2002年
4巻 魔法にかけられた動物園(原題:Le Zoo Ensorcele)2003年
5巻 黒い城の恐ろしい謎(原題:Le Chateau Noir)2004年
6巻 宇宙の果ての惑星怪物(原題:La Bete des Souterrains)2004年
7巻 ドラゴンの涙と永遠の魔法(原題:La Revolte des Dragons)2005年3月に原書発売
8巻 赤いジャングルと秘密の学校(原題:La jungle rouge)2006年4月に原書発売
9巻 光の罠と明かされた秘密(原題:La lumiere mysterieuse)2006年6月に原書発売
10巻 Le loup et la fee (狼と妖精)2008年3月に原書発売、日本語版未刊
 10巻は原書のシリーズタイトルがPEGGY SUE ET LU CHIEN BLUEに変更されています。その意味では新シリーズというべきかも知れませんし、でも4巻からは元々こっちのタイトルの方が合っていたわけですし・・・
 原書のペギー・スーのイラストは年相応のティーンエイジャーに描かれています。1巻〜4巻では赤毛のショートカット、5巻〜10巻は金髪のポニーテールですが・・・(確認したい方は著者のHPでぞうぞ。フランス語ですが。"Jeunesse"(若者向け)のページにリストアップされています。なお、表示言語を西ヨーロッパ言語にしないと化けます)。しかし、日本語版のイラストはとても14歳とは思えません。最初の方はどう見ても幼稚園児体型の3頭身(顔はややませ気味の幼稚園児くらい)、6巻あたりから少し修正して9巻では5頭身くらいになっていますが、それでもやっぱり小学生にしか見えません。ありがちなパターンではありますが。日本の出版文化の幼児傾向と評価すべきか、ヨーロッパでティーンエイジャーに読ませているものを小学生に読ませていると評価すべきかは何ともいえませんけど。
 14歳の少女ペギー・スー・フェアウェイが、テレパシー能力を持つ青い犬、恋人セバスチャン(2巻から登場:7巻でペギー・スーと袂を分かちますが8巻でもペギーは忘れられずにいます。でも9巻の流れからすると今後はナクソス、ジェフに交代しそうですけど)らとともに様々な土地で繰り広げる冒険物語です。ペギー・スーは「見えざる者」を見ることができることと、視線で「見えざる者」にダメージを与えられること以外は、「普通の少女」とされています。4巻以降「見えざる者」は登場しませんし、ペギー・スーの特殊な能力はすべて5巻で治されてしまいますから、今では完全に「普通の少女」のはずです。
 しかし、そのペギー・スーが、蜃気楼の世界に入り込んだり、気球で雲の上の世界に行ったり、地球の中心まで続く地底の世界に行ったり、果ては別の星に行ったりと、ストーリーはかなり荒唐無稽です。星は天空の黒い布に張り付いてるとか、稲妻は空の鍛冶屋が星を溶かして作ってるとか・・・「これはファンタジーなんだ」と割り切って読むしかありません。
 設定はむちゃくちゃなんですが、扱っているテーマは、人間の欲望とか動物虐待とか環境破壊とか人間(大人)の身勝手さとか、結構考えさせてくれます。
 6巻では金持ちが貧乏人を犠牲にして快楽にふけっている様子が取りあげられて社会派色を強めていて、庶民の弁護士としては、好感を持ちました。
 7巻では、ドラゴンの涙を飲み続けないと怪物(オオカミ)になってしまうという設定の下で、怪物になるくらいなら毒を飲んで石像になる(なれ)という人びとと、ドラゴンに依存するより怪物になって生きようとする人びとの対立が描かれていて考えさせられます。
 8巻では、地球外の怪物との戦いの形ですが、戦争とは何か、そこでの「英雄」とは何か、英雄志向への疑問を考えさせられます。(9巻は8巻の続きになっていますが、登場人物を引き継いだこと以外はほとんど関連はなく、社会派色は薄まった感じで、魔法と登場人物の意地悪さが目立ちます)
 (1巻から9巻のシリーズの)原題の PEGGY SUE ET LES FANTOMESは、「ペギー・スーとお化けたち」で、ペギー・スーと「見えざる者」の闘いなんです。で、その「見えざる者」たちは、3巻でペギー・スーに壊滅されてしまいました。本来は、この3巻で完結するはずだったんです。
 ところが、翌年には4巻が出版され、4巻以降、敵は巻別に新しい宇宙人や新たな惑星が登場しています(4巻の終わりで青い犬が、「おーい!お化けども!どこに隠れてるんだ?そろそろ戻ってきたらどうだ?」と呼びかけているので、いつか「見えざる者」が復活するかも知れないという含みを持たせていましたが、10巻でシリーズタイトルが「ペギースーと青い犬」に改められ、その可能性は、たぶんなくなりました。「お化けたち」時代の登場人物のアゼナが9巻で再登場し今後も出てくることになって、その点からはお化けたちの再登場があり得ないわけでもないように見えますけど・・・)。こうなると、ウルトラマンみたいに次々と新しい宇宙人が出てきてシリーズは当分続きそうです。それぞれの巻で、前の時から数ヶ月たったとされているのにペギー・スーがずっと14歳(9巻でもまだ14歳です)なのも、サザエさんみたいに続くことを予感させます。
 9巻でペギー・スーの出生の秘密が唐突に明かされ、10巻(日本語版未発行)でシリーズタイトルが改められて(4巻以降の実態に合わされただけですが)、新シリーズっぽくなっていることからも、作者はまだまだ続ける気のようです。
 ペギー・スーは、あくまでも普通の少女という設定です。勉強は苦手、体育は得意です。
 冒険のパートナーの青い犬の危険を察知する能力、セバスチャンの怪力、ときどきケイティーおばあちゃんの魔法に助けられながらですが、冒険は、基本的にペギー・スーの勇気と決断(間違っていることもままありますけど)で進められます。敵との戦いになると怪力のパートナー(男性)に助けられるところは「オズの魔法使い」と似ていますが、ペギー・スーの方がドロシーより相当積極的・主導的です。
 「彼女は男の子に命令されるのが大嫌いなのだ。」(2巻118頁)とされていますし、セバスチャンが主導権を取りたがると、度々、男の子というものは・・・という批判的なコメントが入ります。
 そして、「<魔法なんてごまかしよ!>とペギーはよく言ったものだ。<私は自分の力で切り抜けるほうが好き>」(6巻268頁)と自主性・主体性が強調されています。  
 他方、性別役割が強調された表現も散見されます。例えば、「女の子たちは人形遊びに慣れているから、最高の召使いになれるんだ」(1巻189〜190頁)、「おまえたちは女の子だから、部屋の掃除をしているママを手伝え。」(2巻26頁)、「いろんな機械の名前をこと細かに覚える男の子たちの好奇心にペギーはいつも驚かされたものだ。彼女にとっては、飛行機が大きかろうが小さかろうが、青だろうが赤だろうが・・・そんなことはどうだっていいのに!」(2巻100頁)、「なにしろ男の子なのだから、機械に詳しいはずだ・・・。」(2巻247頁)、「そういう超能力の話って私にはどうでもいいの。男の子が好きそうなことよね。私はすっごくおいしいフルーツタルトを作れるようになりたいだけ。」(4巻245頁)。「どのみち、スーパーヒーローは男の仕事だからな」「女の仕事じゃないぜ!まともなスーパーヒロインなんていないだろ。キャットウーマンとかスーパーガールなんて、かなりの脇役だ!バトントワラーみたいなもんだな!」(8巻27頁)。まあ、「『こんなの・・・屈辱だ!』と彼はわめいた。『男のすることじゃない!』『じゃあ』とペギーは言った。『やたらと怒りを爆発させて、いつでも脳をぐちゃぐちゃにできる恐ろしい犬のところに、女の私は喜び勇んで服の手入れに出かけるとでも思ってるの?女の子は片手にアイロン、片手に縫い針を持って生まれてくるって信じてるんでしょ?』」(1巻183頁)と反撃するシーンもありますけど。
 また、作者が不必要に男の子ってものは、女の子ってものはと書き過ぎる傾向があります。
 せっかく、少女を主人公にした物語を書いてるんだから、そのあたり、もうちょっと配慮して欲しいなと思います。
 設定のむちゃくちゃさ加減は大人にはつらいし、不用意な表現も目にはつきますが、「普通の」少女ペギー・スーが主体的・積極的に行動するところ、女の子が主人公のファンタジーが少ないことを考えれば、ちょっと押したいと思います。

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