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たぶん週1エッセイ◆
吉田調書を読んで
ここがポイント
 吉田調書から実は政府事故調が調査の初期から地震による配管損傷はなかったという答えを求めていたことが読み取れる
 電源喪失とか、メルトダウンという事態になってしまえば、現場は想定通りには動けないし、指揮官側も情報不足や勘違いで十分な対応を取れないということが、吉田調書から学ぶべき点だと思う

Tweet  はてなブックマークに追加 吉田調書を読んで(原発) 庶民の弁護士 伊東良徳

 政府(内閣官房)は、2014年9月11日、政府事故調のヒアリング記録の一部を公開しました。その中の目玉として吉田昌郎福島第一原発元所長の調書が公開されています(こちらからダウンロード可能)。
 11ファイル、調書としては7通、本文合計391ページ(鑑と添付資料を除く)を9月13~15日の連休に読んでみての感想を書き記しておきます。

私と吉田調書
 最初に、国会事故調元協力調査員として、公開前段階での私と吉田調書との関係を簡単に説明しておきます。
 国会事故調が発足し協力調査員に事実上指名された2011年12月末頃(正式指名は2012年1月7日)から、私は、事務局に、政府事故調の収集した資料のコピーをお願いしていました。国会事故調はおおよそ6か月という短期間での調査が命じられていましたし、政府事故調が行ったヒアリングをもう一度繰り返すのは無駄なことである上に聞かれる方にとってもばかばかしいことに思えましたし、同じ国の事故調なんだから真相解明という目的のために便宜を図ってくれるものと思っていたからです。しかし、政府事故調の答えは、「すべて拒否」のゼロ回答でした。
 その後、国会事故調の最終盤になって、私とは別のWGで吉田所長のヒアリングを行い、そこで政府事故調の調書を見てくれという話になり、本人が開示していいというのだからと国会事故調事務局が政府事故調と交渉して、政府事故調が渋々吉田調書だけ国会事故調に渡すということになりました。その際に聞いたところでは、吉田調書の取扱について政府事故調から厳しい条件が付けられたということで、私たち協力調査員レベルでは閲覧も難しいという雰囲気でした。強く要求すれば国会事故調の資料室に通って読むこともできたかも知れませんが、その時点では報告書の原稿締切(協力調査員レベルでは2012年6月7日が最終)との関係で反映が難しかったことと、何より私の担当項目(主として津波以前の損傷の有無)では、事故当時免震重要棟に籠もっていた吉田所長の供述から得られる情報がさほど価値があるとは思えなかったことから、私は吉田調書の閲覧請求はしませんでした。
 ですから、私自身、吉田調書を目にするのは、政府による公開後ダウンロードして読んだのが初めてでした。
 その意味では、みなさんとスタートラインは同じです。

津波以前の配管等の損傷と吉田調書
 さて、国会事故調協力調査員時代に私の担当項目だった津波以前の損傷の有無について、吉田調書では何がわかるでしょうか。
 読んでみて、やはり吉田所長はこの点についてさしたる情報を持っておらず、報告書起案で忙殺される時期に吉田調書閲覧に時間を割かなかった選択が正しかったことを改めて確認しました。
 この点では、吉田所長の供述自体よりも、政府事故調の姿勢に注目したいと思います。
 吉田調書で、津波到達前の配管の損傷等の異常の有無について触れられているのは以下の部分です。
質問者 配管が壊れたかどうか、壊れていないというのは、50分もあればわかりますね。
回答者 わかります。ですから、放射能の計器が生きていれば、それを見れば一発でわかる。ただ、ややこしいのは、この後の津波で何も見えなくなってしまったということがありますので、その時点に戻って何だったのというのはわからない。
質問者 津波が来るまでの50分間にどれだけわかったのかを知りたいなと思ったんですけれども、ちょっと先走った質問になってしまうかもしれないけれども、
50分後の時点で、津波が来る直前の時点で主要なものがほとんどどこも壊れていないというような感触だったんでしょうか、所長としては。
回答者 私の感覚としては、スクラムしたということと、DGが働いた、それから、いろんなパラメータがとりあえず異常ないかと、これは何がということではないんですけれども、各中操に、それ以外のものが異常ないかという確認はしています。ですから、当直長の感覚で見て、計器を見た範囲で、大きく異常がないという話は聞いているんです。その大きい異常という中に、今、おっしゃったようにMSラインが壊れていれば、当然のことながら、ほかの警報が出ますので、そこら辺も含めて確認はしているものと、この時間で、そんな状況ですから、いちいち細かく確認していませんが、私はそう思っております。
(2011年7月22日聴取調書15~16ページ。注:スクラムは原子炉の緊急停止、DGは非常用ディーゼル発電機、中操は中央操作室、MSは主蒸気管)
(中略)
質問者 例えば、その後の事象から見て、1号機の原子炉圧力容器の状態だとか、その周囲の状況からして、この時点でのリーク、破断などというのはちょっと考えがたいというものがあれば教えていただきたいんですけれども、必ずしもそういうふうに否定まではできないということですか。
回答者 事象ですから、感覚で言う話ではないんで、データがないと明確なことは言えないです。
(2011年7月22日聴取調書17ページ)
 吉田調書は、通常の供述調書とは違ってすべて一問一答形式で、内容からしてたぶん「あー」とか「えー」の類を落としただけで録音をほぼその通り反訳したものと思われます。そのため、回答者の部分は吉田所長の使った言葉遣いのままと考えてよいと思いますし、質問者の質問もハッキリとわかります。
 吉田所長の回答は、当直長が計器を見た範囲で大きな異常はないと「聞いている」というだけで、他は「わからない」「データがないと明確なことは言えない」というものです。
 この質問者の赤字で示した部分は、質問者が津波前の地震による破損はなかったと答えて欲しいことがありありと見え、地震による破損はなかったという方向に誘導する質問と評価できます。このヒアリングが行われた2011年7月22日は政府事故調の設置の決定から数えてもまだ2か月足らず、調査の初期であるにもかかわらず、もう津波前の地震による損傷は認めるまいという姿勢でヒアリングを行っているのです。
 このように、津波前の地震による損傷の有無に関しては、吉田所長はよくわからないと言うだけで、吉田調書からわかることは、政府事故調が調査の初期から地震による損傷はないという結論を希望してヒアリングを行っていたということくらいということになります。

事故対応と吉田調書
 吉田調書を素直に読めば一番の読みどころとなる事故対応についてはどうでしょうか。
 吉田調書を素直に読んでいくと一番目につくものは、事故対応のために現場が要求している物資、特に水(炉心への注入水)、電源(バッテリーなど)、ガソリンの補給がうまく行かず(放射能汚染を嫌ってトラックはJビレッジや小名浜までしか来ず事故対応に追われる所員を割いてそこまで取りに行ったり仕様が合っているか確認に行かなければならない。特に電源関係の機器はコネクターの形状やスペックが合わないと送られても何の役にも立たない)、現場で作業員が懸命にやっているのにそれを理解せず遅いと怒鳴ったり無理な要求を出す東京電力本店への怒り・怨嗟の念です。(吉田所長の怒りは、政治家や保安院、マスコミにも向けられ、朝日新聞を攻撃したい人々は当時の民主党首脳、特に菅首相への怒りを強調していますが、少なくとも8月までの調書では東京電力本店への怒りが圧倒的です。菅首相への怒りは11月25日調書で爆発していますが、それは菅首相が退任後に撤退問題で偉そうなことを言っていることに対する怒りによるということが調書から読み取れます)
 しかし、同時に注目しておきたいことは、吉田所長自身もまた、免震重要棟に籠もったままのため、わずか100m程度の距離であっても現場の状況はわからず、現場に対して怒り無理な要求をしていたということです。
回答者 最初は動いているという話があったんですが、途中でアクセスできなくなって、動いているかどうかわからないという話があって、そうすると、水位も見られなくて、RCICが動いていないという状況でHPCIもだめということになると、これは15条の対象になる大変なことだということで、それこそ1号機と同レベルぐらいに大変だ、ということで、だから、RCICをもう一遍見てきてくれと口を酸っぱくして当直に言ったんです。そこは当直もかわいそうだと思うんだけれども、私なども免震重要棟にいましたから、現場の状況がわからないんです。どんな重装備でやらないといけないとか、後になって聞くと大変なことだと思うんですけれども、何でそんなことが確認できないんだ、極端にいうと、中操からぴゅっと下りて、ささっと見に行けばいいぐらいの感覚しかなかったものですから、それを思うと、当直長さんたちに申し訳ないんですけれども、要するに運転状況を確認してくれということをずっと言っていたんです。(2011年8月8・9日聴取調書第3分冊8ページ。注:RCICは隔離時冷却系、HPCIは高圧炉心注水系、15条は原子力災害対策特別措置法の緊急事態通報の根拠となる条文)
吉田所長 そのころは、現場の認識は、ほとんどなかったですね。SR弁も操作できなくなるとかですね。だんだんとわかってきたというか、3号機、2号機と操作の状況を見ているにつけて、ああ、こんなにだめなのかと、電源がなくなってしまう、空気源がなくなってしまうということの、現場ペースでの個々の機器の操作にどれぐらいかという想像力が、その時点でまだ全然働いていないんです。全電源喪失した時点で、個々の機器でどうなっているんだと。そこは現場でいろいろあるんだけれども、現場の情報も、結局、非常に限定された形でしか伝わってこないんで、どれぐらい大変なのかというのも、前も言ったけれども、私は本店に対しても、こいつら、ぼけかと思っていたんですが、多分、当直長が、サイトの所長以下、何をやっているんだという気持ちになったと思うんです。そこは極めて今も反省ですけれども、コミュニケーションが取れていなくて、現場の状況が本当に私も最初の半日ぐらい、想像できなかったです。当然、電源なくなっているから、大きいバルブなどの操作、MO弁などの操作はできなくなるとか、計器が見えなくなりましたから、直流電源というか、バッテリーを持っていかなければいけないとか、その辺はわかるんですけれども、本当に細かい操作がどれぐらい困難かというところが、最初、入らなかった。(2011年11月25日調書8ページ。注:SR弁は逃がし安全弁、MO弁は電動駆動弁)

 また、事故の進行中、吉田所長が各号機の状況をあまり把握できていなかったということも注目しておきたいところです。1号機のIC(非常用復水器)がずっと作動していると思い込んでいたということについては、そのために1号機の対策が遅れたという問題がありますが、ICは本来電源を必要としない機器ですから、電源喪失しても作動していたと錯覚することも致し方ないかなとも思えます。
 しかし、電源がないのだから働くはずがないのにSGTS(非常用ガス処理装置)ないし空調が働いていたと思い込んでそのために水素爆発対策の必要性を考えなかったというのは、かなり問題視すべきところと思えます。
質問者 我々は思い込みが強いんですけれども、格納容器の爆発をすごく気にしたわけです。今から思えばあほなんですけれども、格納容器が爆発するぐらいの水素、酸素が発生しているのに、それがバイパスフローで、リークフローで建屋にたまるという発想が、もう一つはSGTSというのが生きていれば、普通は非常用で換気空調でそこから外に出している。極端にいうと、SGTSが死んでいるにもかかわらず、何か空調が生きている、もしくは漏れているということは、外に漏れているということは、それと一緒に水素も漏れているんだろうみたいな、そういうあれがあるんです。原子炉建屋の一番上が覆われていて、ブローアウトパネルが横側に付いていますが、そこがクローズ、そこに水素、酸素がたまっているというところまで思いが至っていない、どちらかというと、格納容器を守ろう守ろうというのが。我々の、今回の大反省だと思っているんだけれども、原子力屋さんの見方として、班目先生を始めとして、その思い込みが、なおかつこれはインターナショナルですから、ほかの国からも、あそこが爆発すると思っていないというか、なかった。(2011年7月22日聴取調書42~43ページ。調書では「質問者」と記載されているが、「回答者」の誤記と思われる)
質問者 建屋の非常用の排気の系統で、SGTS、あれというのは、このときは使える状況ではないんですか。
回答者 ないです。非常用系の電源がないですから、SGTSがもし生きていれば、水素爆発はなかったですよ。絶対にないです。そこから非常用換気しているわけですから、そこから原子炉建屋の中の気体が全部フィルターをかまして外に出ていくわけですから、これは建屋の中の非常用の換気が生きていれば、水素爆発は起こっていません。だから、我々がちょっと意識で抜けていたのは、何か換気して、SGTSは止まっている、通常換気系も止まっているんですけれども、換気してくれているような勘違いしている部分があって、そこで水素がたまって爆発するという発想になかなか切り替えられていなかった。
(2011年7月29日聴取調書14ページ)
 
 このように電源喪失とか、メルトダウンという事態になってしまえば、現場は想定通りには動けないし、指揮官側も情報不足や勘違いで十分な対応を取れないということが、吉田調書から学ぶべき点だと思います。シビアアクシデント対策を運転員の操作に期待して安全審査を通して再稼働という原子力規制委員会の方向性は、福島原発事故と吉田調書から学んでいないものと、私には思えます。

安全対策と吉田調書
 吉田所長は、1991年に福島第一原発1号機で起こった海水系配管の溢水によるDGの機能喪失は日本のトラブルの1、2を争う危険なトラブルなのにあまりそういう扱いをされていないということに危惧感を示しています(2011年11月30日調書46ページ)。こういったところにも、電力会社と規制当局の危機感のなさが感じられます。
 また、シビアアクシデント対策で、消火系等からの注水を挙げているけれどもそれにもかかわらずその耐震クラスが低いことにも疑問を呈しています。
シビアアクシデント上は、MUWだとか、FPを最終注水手段として、何でもいいから炉に注水するようにしましょうという概念はいいんですけれども、設計している側に、本当にそれを最終的に注水ラインとして使うんだという意思があるんだとすると、耐震クラスをAクラスにするでしょう。それ以外のラインが全部耐震クラスAだし、電源も二重化しているようなラインが全部つぶれて、一番弱いFPと、MUWは今回なかったわけですけれども、そういうものを最後に当てにしないといけない事象というのは一体何か、私にはよくわからないです。(2011年11月30日調書56ページ。注:MUWは復水補給水系、FPは消火系)
 そういうこともあってか、吉田所長は「私はこの会社の安全屋は全然信用していない。」(2011年11月30日調書58ページ)とまで言っています。
 こういった、安全対策の問題点こそ、注目を集めるべきところだと思います。

東電撤退問題と吉田調書
 2011年3月15日未明、2号機の注水がうまく行かずメルトダウンが想定され危機感を強めた吉田所長は福島第二原発への所員の退避を準備し、それを受けてと思われますが、東京電力が官邸に撤退を打診し、菅首相が東京電力に乗り込んで撤退は許さないと述べたという問題をめぐり、東京電力が全面撤退を申し出たのかが争われています。
 この問題について、吉田所長は、2011年8月段階の調書では次のように述べています。
回答者 そのときに、私は伝言障害も何のあれもないですが、清水社長が撤退させてくれと菅さんに言ったという話も聞いているんです。それは私が本店のだれかに伝えた話を清水に言った話と、私が細野さんに言った話がどうリンクしているのかわかりませんけれども、そういうダブルのラインで話があって。
質問者 もしかすると、所長のニュアンスがそのまま、所長は、結局、その後の2号機のときを見てもそうですけれども、円卓のメンバーと、運転操作に必要な人員とか、作業に必要な人員を最小限残して、そのほかは退避という考えでやられているわけですね。
回答者 そうです。
質問者 菅さんは、それもまかりならんという考えだったのかもしれませんけれども、撤退はないとか、命を賭けてくださいとか、遅いとか、不正確とか、間違っているとか、あるいは、これは日本だけではなくて世界の問題で、日本が潰れるかどうかの瀬戸際だから、最大限の努力をしようとか、そんなのが延々と書かれてあるんですよ。ニュアンス的にはそういうニュアンスですか。
回答者 そんなニュアンスのことを言っていましたね。
質問者 来られたのは、閣僚というのは、海江田さんとかは来られたんですか。
回答者 菅さんと、官房長官が来たのかな、海江田さんはあのときいたのかな、よく覚えていないです。ここは、済みません、どっちかというと、私の記憶より本店にいた人間の記憶の方が正しいと思います。
質問者 本店の人が記憶どおりきちっと勇気を持って言っていただくのが一番いいんですけれどもね。
回答者 言わないですね。
(2011年8月8・9日聴取調書第4分冊54ページ)
 この時点では、東京電力の清水社長の言葉として、吉田所長の口から「撤退させてくれ」という表現が出ていますし、文脈がやや微妙ですが、東京電力本店がこの問題について本当のことを言っていないという示唆をしています。
 吉田所長は、2011年11月6日の聴取では「『撤退』みたいな言葉は、菅が言ったのか、誰が言ったか知りませんけれども、そんな言葉、使うわけがないですよ。」(2011年11月25日調書32ページ)と、供述を変えてしまうのですが。
 この点も、吉田所長がなぜ供述を変えたのかも含め、興味深いところです。

津波対策と吉田調書
 吉田調書では、2011年11月30日調書の大部分と2011年8月8・9日聴取調書第3分冊16~27ページで、2007年4月から東京電力本店で原子力設備管理部長として吉田氏が、当時貞観津波の研究の進展に従って想定津波を大幅に引き上げるべきかという問題に対応した際のことが語られています。調書では土木学会が決めれば対応するというとはいいながら、費用の問題を指摘し、すぐにでもという問題ではないとか原子力発電所以外は対応を求められていないとか言って結局想定津波の大幅な引き上げはしなかったことを述べる吉田氏の姿は、事故時の対応を語る際のべらんめえ口調は影を潜め、役人のように見えます。聴取する側の政府事故調も、来る可能性が少ないのに巨額の資金をかけられませんよねぇと同調し納得する風情ですから、出来レースのように読めますけどね。
 事故時の対応から吉田所長を英雄視したがる風潮が強くありますが、津波対策の先送りに少なくとも一役買ったという側面はきちんと押さえておきたいところです。
(2014.9.16記、9.17微修正、2017.1.29、5.13、2021.5.31リンク切れ対応)

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