たぶん週1エッセイ◆
映画「容疑者Xの献身」
ここがポイント
 正義の味方でかっこいい湯川と犯罪者でさえない中年男の石神が対比されるが、石神の方が存在感あり

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 東野圭吾作の直木賞小説を映画化した「容疑者Xの献身」を見てきました。
 封切り初日第1回上映とあって都心を避けて郊外で見ました。たぶん都心部ではいっぱいだったでしょうけど、郊外では余裕でした。

 ストーリーはほぼ原作通り。弁当屋を経営する美人ママ花岡靖子(松雪泰子)が復縁を迫ってつきまとい娘と乱闘になった元夫を絞殺してしまい、そこを訪れた靖子に恋する隣人の天才数学者石神哲哉(堤真一)が犯行の隠蔽を指示し、警察と警察からの依頼をきっかけに興味を持った天才物理学者で石神と大学で同期生だったガリレオこと湯川学(福山雅治)と石神が知恵比べを展開するというような流れです。元々原作でも犯人は最初に明らかにされ、犯人が誰かは問題にもならず、石神がどう犯行を隠蔽し、警察が何故最初から最重要容疑者と目している靖子を落とせないのかがポイントのミステリーで、そこが緻密に作られていますので、基本のストーリーは変えようがないわけですが。
 先日「デトロイト・メタル・シティ」を見たばかりの身には、つい松雪泰子が変身して黒革のSMクラブの女王様風の衣装で登場して、高笑いしながら、石神にタバコを押し付けた挙げ句に死体の始末を命じたりするシーンを妄想してしまいますが、もちろん、そんなことはありません。

 自己主張が強く理屈っぽくしかし見た目爽やかな湯川と、自負心は強いけど献身的で冴えない中年男の石神が、対比的に描かれます(内海薫(柴咲コウ)は、一応準主役扱いなんですが、実質的には湯川の会話を引きだすだけの役回り。原作では出て来ない人ですし)。役柄としては湯川が主役で正義の味方、石神は悪役なんですが、石神の方が存在感があり、また私は石神の方に共感してしまいます。
 天才といわれながら、母親が寝たきりになったために大学院に行けずに高校教師となり、世に認められることなく独自に数学の研究を続ける石神。隣人の花岡靖子に恋心を抱きながら、冴えない中年男でしがない高校教師ということからろくに話しかけることもできない石神。靖子のために自ら大きな犠牲を払って靖子の犯罪を隠蔽し続ける石神。それでも靖子に男として好意を持たれることなく、靖子が他の男とデートを重ねる姿を黙って見守る石神・・・
 靖子のために、ほぼ完璧な犯罪隠蔽工作を考案し、それぞれの場面で靖子たちに適切な指示を与え続ける姿もけなげですが、なにより自らそのために大きな犠牲を払う姿。どうすれば、自らを受け容れてもくれない女性のためにそこまでできるのでしょう。原作を読んでましたから、展開はわかっているのですが、それでも何度か石神の献身的な姿には目頭が熱くなりました。
 冴えない中年男という外見が、しがない高校教師という身分が、そこまで石神を浮かばれなくしているのでしょうか。同等の才能を持ちながら、成功している華やかな湯川と対比して描かれることで、石神の無念が、哀しさが、浮かび上がります。で、中年のおじさんとしては、やっぱり石神の方に共感してしまいます。

 さて、仕事がら、考えてしまうのは、石神の運命です。最後に湯川から、石神が払った犠牲の大きさを知らされて泣き崩れて「私も償います」という靖子ですが、普通に予想すると、石神の方が刑が重くなり、おそらくは靖子の倍以上の期間刑務所暮らしです。昨今の犯罪者に極端に厳しいマスメディアの論調とその影響を受けている裁判所の重罰化の傾向からすると、もっと重くなるかもしれません(昨今の風潮からすれば、死刑だって、絶対ないとは言い切れない気がします)。どこまでも石神には哀れを感じざるを得ません。

(2008.10.4記)

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