庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「天才作家の妻 40年目の真実」
ここがポイント
 日本の興業筋は、ジョーンがゴーストライターだというのが「真実」という売り方をしているが、そんな単純な作品と受け止めるべきではない
 むしろ長年連れ添った夫婦の関係の一筋縄では行かないところの方が見どころと考えるべき
 グレン・クローズがアカデミー賞7回目のノミネートにして主演女優賞を射止めそうな映画「天才作家の妻 40年目の真実」を見てきました。(こう書いてみて、「明日、射止めることになる」というページと、同じ内容で「またしても逃すことになる」というページを両方作ってアップしておいて、外れた方をこっそり消しておけば、予言したことになる(残っている方のページは作成も最終更新も発表前のタイムスタンプが残る)ことになるのだなと思いつきました (^^;)
 公開5週目日曜日、新宿ピカデリースクリーン7(127席)午前11時20分の上映は8〜9割の入り。

 ノーベル文学賞を受賞することになった作家ジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)を長く支えてきた妻ジョーン・キャッスルマン(グレン・クローズ)は、受賞を喜びつつ、ジョゼフの言動や関係者の言動に少しずつ不満を募らせていた。ジョーンは、大学で文学を教えつつも作家として芽が出なかったジョゼフに見いだされ妻子あるジョゼフと関係を持ち、前妻と別れたジョゼフと結婚した経緯、作家を志しつつ才能があっても出版関係者に受け入れられない女性作家の言を聞き自らの道を諦めた経緯を思い起こしていた。授賞式に向かう機中で話しかけてきた記者ナサニエル・ボーン(クリスチャン・スレーター)から、専属フォトグラファーとしてあてがわれた若い女性にあからさまな関心を見せるジョゼフを置いて外出した際に誘われたジョーンは、前妻キャロルがジョゼフの作品はあなたと結婚してまったく変わったと証言している、あなたの学生時代に書いた作品はジョゼフのヒット作と似ている、吐き出したいことがあるのではないかと迫られるが…というお話。

 日本の興業筋は、ジョゼフの作品はジョーンがゴーストライターとして全部書いていたということを示唆し、真実の作者はジョーンであるのにそれを秘匿して影の存在として耐え忍んできたが、我慢の限界を超え…という作品として売ろうとしています。終盤でのジョーンの台詞の中にはそういう印象のものもありますが、そこはちょっとニュアンスが違うように思えます。そういう単純な構造ではなく、より現実的でより難しさのある設定の下での、夫婦の選択と関係を描いた、もう少し深みと味わいがある作品だと、私は思います。
 ジョーンがジョゼフの言葉として我慢ならないという台詞の1つ。予告では「妻には小説は書けんよ」となっていますが、作品では「妻は書かない」で、その後には「妻が書くと僕が自信を失うから」(字幕が一字一句そうだったかまでの自信はないですが)という台詞が続いていて、ジョークの扱いとも言えますが、ジョゼフは妻の方が文才があるという趣旨の発言をしています。作品の中では、ジョゼフは、浮気を繰り返すという問題がありますが、ジョーンを蔑んで見るという姿勢ではなく、それなりに気を遣い続けているように描かれています。
 タイトルも、邦題は、まるでテレビの2時間ドラマのようにあれこれ設定を詰め込もうとしていますが、原題は “ The Wife ”。原題の方が遙かに含みがあり、趣があると、私は思います。日本語訳するとしたら、定冠詞付きであることをどういうニュアンスで示すかが難しいとは思いますけど。

 より現実的で複雑な利害関係、夫の浮気に苦しみつつも長らく連れ添ってきて今もほぼ一日べったりと2人で過ごしている関係の下での思いを、グレン・クローズの態度と表情で含みと深みを持たせて描いているところが、この作品の真骨頂だと、私には思えます。
 その意味でも、ジョーンがジョゼフの作品のどこまでを書いていたかとかの「真実」などはうわべの問題で、長年連れ添った夫婦の関係の一筋縄では行かないところの方が見どころなわけで、やはり原題の方が遙かにふさわしいと言えるでしょう。
  はてなブックマークに追加  
(2019.2.24記)

**_**区切り線**_**

 たぶん週1エッセイに戻るたぶん週1エッセイへ

トップページに戻るトップページへ  サイトマップサイトマップへ