たぶん週1エッセイ◆
やはり日本の原発でも暴走事故が起こり得る
 1999年6月18日午前2時18分頃、北陸電力志賀原発1号機で定期点検中に炉心から制御棒が3本抜けて原子炉が臨界に達し、しかも緊急停止信号が出ても制御棒が挿入されず緊急停止に失敗するという事故が起きていたことが2007年3月15日になって発覚しました。北陸電力は事故を監督官庁にも報告せず引継記録には記載しないこととした上中性子束モニターの記録を改ざんし警報等印字記録を破棄するなどの偽装工作をして事故隠しをしていました。
 それを受けて2007年3月19日、東北電力女川原発1号機と中部電力浜岡原発3号機でも定期点検中に制御棒が複数本引き抜かれる事故が起こっていながら報告・発表されていなかったことが発覚しました。女川原発1号機では1988年7月9日午前10時9分頃2本の制御棒が引き抜かれ、浜岡原発3号機では1991年5月31日午後5時58分頃3本の制御棒が引き抜かれましたが、引き抜かれた制御棒が離れた位置にあり炉心の一番外側であったことが幸いして臨界には至りませんでした。
 この調子では、他にも同様の事故がありながらまだ隠されている可能性が十分にあります、と書いていたら案の定、2007年3月20日、東京電力が福島第二原発3号機で1993年6月15日午後6時18分頃2本の制御棒が引き抜かれ、柏崎刈羽原発1号機で2000年4月7日午前11時9分頃2本の制御棒が引き抜かれていたことを発表しました。この2件の事故では臨界には達しなかったと東京電力は発表していますが、2件とも引き抜かれた制御棒は炉心外側とはいえ2本は隣り合わせ。志賀原発1号機のケースから考えて3本目が引き抜かれていたらやはり臨界となった可能性があります。
 そして2007年3月22日、東京電力は福島第一原発3号機で1978年11月2日午前3時頃から5本の制御棒が引き抜かれ、「臨界となっていた可能性が高い」と発表、それと別に福島第一原発5号機で1979年2月12日、福島第一原発2号機で1980年9月10日にそれぞれ制御棒1本が引き抜かれたことも発表しました。
 東京電力は2007年3月30日、福島第1原発3号機の事故は臨界事故であったことを認め、この事故でも運転日誌と制御棒位置記録を改ざんしていたことも認めました。さらに東京電力ではこれまでに発覚した5件に加えて柏崎刈羽原発6号機で1996年6月10日、制御棒4本が全長の64%も引き抜かれ、福島第一原発4号機で1998年2月22日に1ノッチではありますが34本もの制御棒が引き抜かれていたことも発表されました。
 きっとまだまだ隠されている事故があるでしょうし、発表された事故もすべての事実が発表されていない疑いがあります。
 しかし、仮にこの10件だけで事故内容が発表通りだとしても、驚くべきことです。
 これらの事故は、(東京電力が3月30日に新たに発表した2件以外は)いずれも制御棒駆動系の弁の操作を誤ったことから発生しています。日本の原発の約半数を占める沸騰水型原発では、制御棒を炉心の下側から重力に逆らって水圧で挿入します。志賀原発1号機、女川原発1号機、浜岡原発3号機の事故は、その制御棒の引き抜き・挿入をするための水が通る配管の弁を定期検査中に挿入側の弁を閉め(この弁を閉めてしまえば緊急停止信号が出てもその制御棒は挿入できなくなります)、引き抜き側の弁を開けた状態にしたために、引き抜き側に水が流れて水圧で制御棒が引き抜かれたものです。志賀原発1号機の事故では挿入側・引き抜き側ともに弁が開の状態から挿入側の弁を閉めてしまい、女川原発1号機と浜岡原発3号機の事故では挿入側・引き抜き側ともに閉の状態から引き抜き側の弁を開けてしまったとされています。
 東京電力が2007年3月20日に発表した2件の事故については、東京電力は挿入側・引き抜き側ともに弁を閉めている状態で原子炉への水の戻りライン(リターンライン)の弁を閉めたために引き抜き側の弁が閉じているにもかかわらず引き抜き側に水が入り込んで制御棒が引き抜かれたと「推定」しています。かなり怪しげな発表に思えますが、事実だとすると引き抜き側の弁が閉じているにもかかわらず2件の事故のいずれでも1本の制御棒は約半分も引き抜かれたことになります。それはそれで大変なことです(その後の発表ではリターンラインを閉めたまま隔離作業をしたためとされているので志賀原発1号機等と同じとも考えられますが)。
 東京電力が2007年3月22日に発表した3件の事故については、制御棒が引き抜かれた原因は判明せず、今のところ、弁の操作によると推定されるというだけです。
 原子炉の運転中の制御棒引き抜きについては、国や電力会社は1回の操作で1本しか引き抜き操作はできない上に、1回の引き抜き操作で1ノッチ(制御棒の長さの24分の1)しか引き抜けないとか、いろいろな安全装置があると強調してきました。しかし、この事故で、少なくとも運転停止中はその種の安全装置が全く機能しないことが明らかになりました。志賀原発1号機の事故では、報道によれば3本の制御棒が4ノッチ、8ノッチ、10ノッチ分引き抜かれていますし、浜岡原発3号機の事故では3本のうち1本は何と全引き抜き(24ノッチ分)、残り2本も8ノッチ、3ノッチ分引き抜かれています。
 原発の安全審査では、現実には起こりえない事故を念のために評価すると称して検討していますが、その場合に炉心から落下する制御棒は1本だけしか想定していません。3本も同時に引き抜かれた場合にどのような規模の事故になるかは安全審査でも全く評価されていないのです。もちろん、安全審査では完全な停止中ではなく起動し始めを想定していますし落下する制御棒も中心部の一番影響の大きいものを想定します。しかし、全停止状態からでも志賀原発1号機の事故では比較的近く同士の3本が引き抜かれたために臨界に達しています。志賀原発1号機の事故の際には4人の作業員で同時並行して88本の制御棒駆動機構の弁を連続的に閉めて行っていたということですから、引き抜かれた制御棒が3本でしかも炉心の外側の方だったのは単なる偶然で、もっと多数の制御棒が引き抜かれることもあり得ましたし、もっと中心部の制御棒が引き抜かれることだってあり得たわけです。もしも中心部の制御棒ばかりが多数本大幅に引き抜かれていたら本格的な暴走事故、燃料棒破裂、放射能大量漏洩になった可能性もあります。
 福島第一原発3号機の事故では、抜けた5本の制御棒の長さは2、3、4、5、6ノッチで最大でも6ノッチにとどまっていますが、それでも臨界に達しました。
 そして、これらの事故の際に、制御棒駆動系の挿入側の弁が閉められていたために、緊急停止が効かない状態になっていたことは、極めて重大なことです。チェルノブイリ原発事故が発生した際、原発推進側は事故の原因を運転員の規則違反が重なったためと強調しましたが、日本の原子力安全委員会の報告書でその際のもっとも重大な規則違反とされたのが緊急停止系の信号をバイパスした(切った)ことと指摘されています。これらの日本の原発で起こった事故の際も定期検査中の試験等のために、緊急停止系が殺されていたというわけです。志賀原発1号機の事故ではまさにそのために臨界事故が発生していながら緊急停止ができず、手動で弁を再度開けるまで15分間も制御棒が挿入できず、原子炉が制御できない暴走状態が続いたのです。たまたま抜けた制御棒が炉心外側の3本だから助かっただけで、制御棒の抜け方が悪ければとんでもないことになっていたかもしれません。
 さらに、福島第一原発3号機の事故では、中性子モニターの異常上昇(東京電力の発表では「警報が出ていたものと考えられる」だそうです)に運転員が気づいたのが午前3時頃、東京電力の発表では運転員は臨界である可能性には思いが及ばず特段の対応はとられなかった(!)そうですが午前8時に交替した運転員が臨界と判断して制御棒駆動系の弁を全開して制御棒を挿入しようとしたが「何らかの理由により」連続挿入できず、1本ごとのスクラム(緊急挿入)で4本を挿入し、その後連続挿入できるようになったので5本目を挿入し午前10時30分頃全部の制御棒を挿入できたということですから、やはり7時間以上も止められなかった、制御不能だったことになります。それ自体とても信じられないような事態で驚きあきれるばかりです。 
 臨界事故の危険があったのは原発ばかりではありません。2007年3月11日午前11時13分頃、試験運転中の六ヶ所村再処理工場で、ウラン・プルトニウム混合脱硝工程で、臨界防止のために定められている投入量(1バッチ)分のウラン・プルトニウム粉末が入った皿にさらに1バッチ分のウラン・プルトニウム溶液が投入されるという事故がありました。この事故でも臨界には至らなかったと発表されていますが、このような2重装荷を防止することで臨界管理しているはずの工程であっさりと臨界管理が破られてしまったことは、衝撃的で、今後の運転の安全性に深刻な危惧を感じます。
 諸外国では、核開発の過程で、各種の核燃料工場や実験炉、研究施設で少なからず臨界事故が生じました。しかし、それらはほとんどが開発過程での話で、1960年代、70年代の事故がほとんどです。それに対して、日本では、1990年代末の1999年にJCOの臨界事故と志賀原発1号機の臨界事故が発生しました。原発推進側がすでに実用化され、ほぼ完成された技術と言っていた施設で、諸外国ではもう臨界事故など聞かない1990年代末に2件もの臨界事故が発生したのです。1978年の福島第一原発3号機の臨界事故の経験を全く生かせずにこのような事故が繰り返されたわけですし、それに加えて、臨界には至らなかったとされるものの女川原発1号機、浜岡原発3号機、福島第二原発3号機、柏崎刈羽原発1号機、福島第一原発2号機、福島第一原発5号機、柏崎刈羽原発6号機、福島第一原発4号機での同種の事故、六ヶ所再処理工場の2重装荷事故が起こっています。今や日本は臨界事故が起こる危険がもっとも大きな国となっているのではないでしょうか。
 日本の政府や電力会社は、チェルノブイリ原発事故の際にはソ連の運転員の「安全文化」に問題があるなどと言い募り、アメリカの原発で事故が多いのは運転管理がずさんだからだと言い、日本は優秀だと言ってきました。しかし、東京電力などの電力会社の度重なる事故隠しの発覚とこれらの臨界事故とそれに近い事故、その隠蔽のための記録改ざん等の工作を見れば、安全文化に問題があり運転管理がずさんなのは、日本の原子力施設だと言わざるを得ません。
 2007年3月に立て続けに発覚した臨界事故とその未遂事故は、まだその詳細は明らかにされていません。また、これら以外にもまだ事故が隠されている可能性が十分にあります。さらに真相を求めて情報を追っていきたいと思います。それにしても、嘘に嘘を重ねて危険な綱渡りを続けて運転されている日本の原発の実情を知るにつけ、早く原発を廃止に追い込まねばと改めて思います。

(2007年3月20日記、同日更新、21日更新、23日更新、30日更新)

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