たぶん週1エッセイ◆
映画「告白」
ここがポイント
 未熟で粗暴で粗野な若者(13歳)に対する嫌悪感と畏怖、少年法は若年犯罪者を甘やかすものというステレオタイプの批判をテーマとした作品だが、被害者の松たか子の復讐の陰湿さが強く印象づけられ、後味が悪い
 犯人の周辺の描き方には、キャリア志向の母親への敵意と過保護の母親への敵意が感じられ、厳罰志向の次は「親の顔が見たい」か。みづきに待っていた結末への疑問とあわせ、私はこういう描き方には疑問を感じる

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 2009年本屋大賞のベストセラー小説を映画化した「告白」を見てきました。
 封切り3週目土曜日、朝9時台からの上映にもかかわらず8割近い入り。5列目以降ほぼびっしりでした。公開直後の週末に7週連続1位の「アリス・イン・ワンダーランド」を引きづりおろし「セックス・アンド・ザ・シティ2」を抑えて初登場1位、2週目週末も「アイアンマン2」を抑えて連続1位の話題作となり、ふだんあまり映画を見ない観客層も引きつけたようで、お子様連れは皆無(なんせR15+指定ですから)にもかかわらず場内がざわざわうるさい。観客層は若者中心で、中高年がちらほらというところ。

 HIV感染者の教師との間の一人娘が学校のプールで水死体となって見つかったシングルマザーの中学教師森口悠子(松たか子)は、終業式の日、ざわつくホームルームで黒板に「命」と書いて、自分が今日を最後にこの学校を退職すること、警察は事故死と判断したが娘はこのクラスの生徒2人に殺されたこと、その2人の犯人から犯行について聞き取ったことを話し、犯人への復讐として今のホームルームの時間に飲ませた牛乳に犯人の2人のものには娘の父であるHIV感染者の血液を入れておいた、感染すれば潜伏期間は5年から10年、反省するにはちょうどいいでしょうと言い放って教室を後にする。新学期、少年Aしゅうやは、学校に出続けて陰湿ないじめを受け、少年Bなおきは不登校で自らは風呂にも入らず触ったものを神経質に消毒し続ける。事情を知らないKYの熱血教師ウェルテル(岡田将生)はクラス委員のみづきを連れて不登校のなおきの自宅を訪問し続け、しゅうやへのいじめをやめるよう生徒たちを叱責するが・・・というお話。

 最初30分くらい松たか子の語りが続き、復讐を宣告したところで「告白」のタイトルが入ります。ストーリーとしては一つまとまりの付いたところですから、ここで、えっこれで終わりかとびっくりします。いくら何でも短すぎるだろ、映画としてはって。
 その後、ウェルテルとみづき中心の展開、なおきの母中心の展開、しゅうや中心の展開と続いていき、あぁこういう進め方なのねと納得します。
 しかし、そこが、話者と視点をはっきり変えて同じことが違う意味を持つ、裏・背景の事情が理解できるという描き方にはなっていません。なおきの家庭の事情やしゅうやの家庭の事情は出てきますが、それでも事実関係や登場人物への評価が大きく変わることはありません。「藪の中」的な展開でないことはもちろん、人間には社会には様々な立場がある、立場が変われば評価も変わるというような複雑で深みのある提起はありません。あくまでも善は善、悪は悪で、松たか子の語りの中の位置関係と評価は動かない、シンプルな物語です。何のために別の視点であるかのように展開させているのか、その意図が私にはよくわかりませんでした。

 犯人2人の行動とは別に、クラスの他のある意味無責任な連中の動きと、みづきの描き方に、うつろう生徒たちの気持ち・感情の未熟さ・不安定さを感じ、そのあたりに考えるべきものがあるように思いました。しゅうや、なおき、なおきの母あたりは、あまりに戯画化されていて、悪く描くために悪く描いているというか観客に反感を持たせたくてそうしているのが見え透いていて、脇役の生徒たちの動きの方が考えさせられるという感じです。

 基本的に、未熟で粗暴で粗野な若者(13歳)に対する嫌悪感と畏怖、少年法に対する若年犯罪者を甘やかすものといういつものステレオタイプの批判をテーマとした作品ですが、被害者の松たか子の復讐の陰湿さが強く印象づけられ、後味が悪く思えました。少年法を批判して犯罪者には厳罰をと主張する人々は、被害者のこういう復讐に快哉を叫ぶのでしょうか。ちょっと、気が滅入ります。
 犯人2人の周辺の描き方からは、キャリア志向の母親への敵意と、過保護の母親への敵意が感じられます。厳罰志向の次は「親の顔が見たい」ですか。みづきに待っていた結末への疑問とあわせて、私はこういう描き方には疑問を感じます。
 ストーリー展開にもさほどの深みがなく、復讐も陰湿で爽快感がないと私には感じられるこの作品が、これほど観客を動員するのは、少年法を批判し犯罪者に厳罰をと主張し犯罪者の家族を批判するワイドショウ的な言辞が多数の共感を呼んでいるということなのでしょう。いやな時代だなぁと思います。

(2010.6.19記)

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