庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
売春女性教師は懲戒免職相当か?
ここがポイント
 懲戒前は報道されなかった売春で、使用者の業務への支障や使用者の名誉・信用の失墜があったと言えるのか
 懲戒免職の判断はもっと冷静に謙抑的に行われるべきだと思う
    
 報道によれば、東京都教育委員会は都内の区立小学校に勤務する女性教師が売春防止法違反で2度にわたり逮捕されたことを理由に2021年9月13日付で懲戒免職処分を行い、これを翌14日に公表しました。懲戒免職とされた教師は2020年2月中旬から11月にかけて歌舞伎町の街頭に立ち複数回売春を行い2020年11月5日に逮捕され、2021年1月に起訴猶予処分となり、東京都教育委員会が懲戒処分の手続を進めていたところ、2021年2月24日に再度逮捕され、やはり起訴猶予処分となっていたとのことです。なお、その教師は2020年10月から病気を理由に休職中だったとのことです。また、その教師は300万円程度の借金を抱えており、その返済のために売春を続けていたとされています。
 売春という行為が教師にふさわしいとは思えませんが、しかし、解雇・懲戒免職の当否という点では、労働者側の弁護士としてみると、私は重すぎるように思いますし、現実に裁判になった場合、裁判官の価値観にもより簡単な事件でないとは思いますが、全然戦えないような事件ではない(懲戒免職が無効とされる余地はある)と考えます。
 順を追って、実務的に論じます。

公務員の業務外非違行為と懲戒処分についての裁判所の立場
 実は、公務員の業務外非違行為(犯罪)を懲戒処分でどう考えるかについて、正面から判断した最高裁判決は、まだありません。
 民間企業の場合、最高裁は、職場外における職務遂行に関係のない行為については、企業の円滑な運営に支障を来す恐れがあるなど企業秩序に関係を有するものでなければ、使用者による規制を受けるべきいわれはない(使用者の懲戒権は及ばない)としています(関西電力事件・最高裁1983年9月8日第一小法廷判決)。この点については「業務外の犯罪と懲戒解雇」を読んでください。
 そして、最高裁は民営化前(「3公社」時代)の国鉄について、同じ趣旨の判断を示した上で、「上告人のように極めて高度の公共性を有する公法上の法人であつて、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業の運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであつて、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されているのであるから、このような社会からの評価に即応して、その企業体の一員である上告人の職員の職場外における職務遂行に関係のない所為に対しても、一般私企業の従業員と比較して、より広い、かつ、より厳しい規制がなされうる合理的な理由があるものと考えられるのである。」と判示しています(国鉄中国支社事件・最高裁1974年2月28日第一小法廷判決)。
 公務員についてもこの判決の立場からスタートするとすれば、業務外の非違行為(犯罪)は本来は使用者の企業秩序に関係する場合以外は懲戒の対象外だが、事業の公共性と事業体自体の公共性、さらに「廉潔性の保持」という観点でも懲戒が正当化されるため民間企業よりも幅広く懲戒の対象となり、かつ厳しい懲戒処分が可能ということになるでしょう。その意味で、公務員の場合、業務外犯罪は本来は懲戒の対象外だという考え(法理)が貫徹されないというか、そもそも適用されないとも考えられますが、そうは言っても業務外行為でも業務上の行為と同じレベルで考えるということにはならないでしょう。
 もっとも、最初に説明したように、最高裁はこれまで公務員の業務外非違行為の懲戒処分について正面から考え方を示していませんので、公務員については懲戒権の性質と範囲が民間とは異なる原理によるという判断がなされる可能性もないではありません。

 業務外の犯罪が、公共的な企業体では、そして公務員ならさらに強く、懲戒の対象となるとしても、何でも懲戒免職が正当化されるということにはなりません。当然、その犯罪の性質や罪の重さ、それ以外にも使用者の業務への支障や(報道等による)使用者の名誉・信用の失墜の程度、その労働者のそれまでの勤務態度や懲戒歴等の事情が考慮されます。
 国鉄中国支社事件でも、労働者の行為が公務執行中の警察官に対して暴行を加えたという「重大な犯罪行為」であり、懲役6月執行猶予2年の有罪判決が確定していること(最高裁はこれをこの行為の評価にあたり軽視し得ないとしています)、それ以前に粗暴な犯罪行為があり、懲戒対象行為の後にですが5回の懲戒処分歴があることを挙げて、最高裁は懲戒免職は相当としています。この事件では、懲戒免職が有効とされていますので、これと同じレベルでないと懲戒免職が有効になり得ないと言えるわけではありませんが、やはり業務外の非違行為を理由に懲戒免職を相当(有効)とするためには、非違行為(犯罪)の重さや刑事処分がそれなりの重さを持っていることが必要と考えられます。

教師の性犯罪と懲戒免職
 教師については、児童・生徒を教育し導くという職務の性質から、懲戒について(労働者にとって)厳しい判断がなされがちです。
 しかし、そうは言っても、教師が性犯罪を犯せば懲戒免職が正当化されるとは限りません。ここでは、公立高校教師が痴漢を犯して懲戒免職とされたがそれが無効とされたケースを紹介します。
 横浜市立高校の社会科教師が横浜駅西口高島屋の地下食品売り場で女性2人の下半身(股間と臀部)を着衣の上から触った容疑で逮捕されて、容疑を否認していたことから迷惑防止条例違反で公判請求されて、1審は懲役4月執行猶予2年、2審は罰金40万円の有罪判決を受け、最高裁の上告棄却で確定後、横浜市教育委員会は懲戒免職処分としました。これに対して免職とされた教師が人事委員会に審査請求(行政不服審査)の申立をしたが、棄却され、懲戒免職処分取消請求をしたのに対し、1審(横浜地裁2012年8月30日判決)は請求棄却(教師敗訴)でしたが、2審の東京高裁2013年4月11日判決で逆転勝訴、横浜市教育委員会の上告受理申立を最高裁が不受理で懲戒免職無効(教師勝訴)が確定しました。
 デパ地下で白昼立て続けに2件の痴漢行為を犯すというのはかなり大胆な犯行と言えますが、この事件では、勤続29年間指導能力についてよい評価がなされ、上司、同僚、生徒から多数の陳述書が提出されたという事情があり、横浜市教育委員会の懲戒処分量定指針では(生徒以外に対する)痴漢は免職または停職が標準量定とされ、日頃の勤務態度または教育実践が極めて良好であるときは処分等の量定を軽減しまたは処分等をしないことができると定められていること、本件非違行為は計画的になされたものとはみられず、その態様も着衣の上から一瞬触るという程度で執拗なものではないことなどから、懲戒免職処分は重きに失し無効とされました。

売春教師は懲戒免職相当か?
 さて、東京都教育委員会の2021年9月13日付の懲戒免職処分について検討してみましょう。
 売春は、売春防止法第3条で禁止されていますが、その罰則はありません。売春婦自身の行為で処罰されるのは、売春の勧誘や公衆の面前での客待ち(売春防止法第5条)で、今回の事例でも逮捕容疑(逮捕理由)はこちらです。教師の行為として望ましくもふさわしくもありませんが、これを重大な犯罪行為というのは無理があるでしょう。
 また、性が絡んだ犯罪ではありますが、ふつうに「性犯罪」というのとは違うように思えます。売春(勧誘ないし客待ち)には、それによる被害者がいるわけではありません。暴力や優越的地位を利用して誰かに被害を与えているわけではありません。しかも、この教師は、自分の性欲に基づいて行っているのではなく(断言はできませんが、ふつうに考えて)借金返済のために仕方なくやっているのですから、売春をしたことが児童・生徒に何か被害を及ぼす危険にはつながりません。その点、児童・生徒と/に対し性的な行為をしたり痴漢や児童買春をした場合とは大きく違います。
 犯した非違行為/犯罪の重さは裁判では刑事処分の量刑が重視されますが、この件では逮捕はされたものの起訴猶予で、罰金刑さえ受けておらずそもそも有罪判決を受けていないのです。
 行為自体の問題としては、労働事件的観点からは、1回目の逮捕で懲戒手続に入っているのにその後さらに続けているという点、ある種の常習性が認められる点が問題ですが、非違行為の性質が重いと言いにくいときにそこだけを強調して懲戒免職まで持っていくのはどうかなぁと思います。また、借金返済が動機なのですから、弁護士が付いて自己破産して借金をなくしてしまえば、再度行う可能性もないでしょう。
 逮捕によって(有給休暇でも処理できず)欠勤が続いたということならそれが処分理由にされることもありますが、この件では病気休職中ということですから、逮捕自体による業務上の支障はなかったと考えられます。
 逮捕等が報道されたり、噂になって児童・生徒や保護者の相当数が知ることになれば、使用者の名誉・信用が害され、それがまた処分理由とされることもありますが、この件では少なくとも報道はなく(保護者の間で噂になっていたかどうかは、報道からはわかりません)、それによって懲戒免職を正当化することは無理だと思います。報道されたのは東京都教育委員会が懲戒処分をして記者会見したからで、懲戒処分後に報道されたことを懲戒処分を正当化する理由にはできません。
 こういうふうに、あくまでも労働事件的なものの見方で、懲戒免職まではどうよと見ると、私は、やはり重すぎるんじゃないかと思うのです。

 さらに実務的に、東京都教育委員会の懲戒量定指針も見てみましょう。
 懲戒解雇・免職の裁判で、使用者の処分量定指針は、その指針に沿っているから直ちに解雇・免職有効となるわけではありませんが、少なくとも使用者が自分で決めたルールは守らなければなりませんので、指針に反していれば、解雇・免職は無効と判断されることになります。
 東京都教育委員会の懲戒処分量定指針(こちらから入手できます)は、(横浜市教育委員会と違って、処分を軽減する事由は明記していません。そのあたり処分が無効とされにくいように配慮がなされています)「性的行為、セクシュアル・ハラスメント等」の項目で、「強制わいせつ、児童ポルノの製造・所持・提供等、公然わいせつ、住居侵入(わいせつ等目的)、のぞき、下着窃盗、痴漢行為・盗撮等の迷惑防止条例違反、青少年健全育成条例違反、ストーカー行為等の規制等に関する法律違反等(未遂を含む。)を行った場合」を免職と定めています。この規定では、売春防止法違反は含まれていません。東京都教育委員会は前代未聞のことでそんなことがあるとは予想もしなかったので定めていないだけだと、裁判になったらきっと言うでしょう。しかし、先に述べたように、ここで挙げられている性犯罪は、暴力や優越的な地位を利用して性的な欲望を満たすために誰かに犠牲を強いる行為です。借金返済のために売春をしそのための勧誘や客待ちをすることは、これらの行為とはかなり性質や様相を異にするものです。これらの行為に類似するものとしてこの規定を根拠に免職とするのは、無理があるのではないでしょうか。
 東京都教育委員会の処分量定指針は、児童・生徒に対して「同意の有無を問わず、性行為を行った場合(未遂を含む。)」「同意の有無を問わず、直接陰部、乳房、でん部等を触わる、又はキスをした場合」は免職と定めつつ、同じことを保護者に対して行った場合は、免職、停職、減給のいずれかと定めています。保護者相手の性行為はそれ自体では免職とは限らないのですから、保護者でもない見知らぬ大人相手なら性行為それ自体は免職には値しないということです。
 そういうことを考えると、東京都教育委員会の懲戒処分量定指針の性的な行為に関する部分で、売春(勧誘ないし客待ち)を理由に免職を正当化することができるかは疑問です。
 その部分を超えて、「強盗、恐喝、横領、詐欺、窃盗(万引きを含む。)を行った場合」と違法薬物の使用が免職になっているので、特に「万引きも含む」という記載を取り出して、万引きでも免職なのに売春は免職でなくていいのかとかいう話になると、ぐちゃぐちゃするかも知れませんが、それでも、売春防止法違反が指針に書かれていないことは動きませんし、万引きは軽いかも知れませんがそれでも被害者がいる犯罪で、売春がそれよりも重い犯罪とは言いにくいのではないでしょうか。

おわりに
 この教師の行為を、教師にあるまじき行為だ、けしからん、こういう教師に子どもを預けたくない、だから辞めさせろというのは、世間では、あるいはマスコミではありがちな言論です。しかし、労働者を辞めさせる、懲戒解雇(民間の場合)や懲戒免職(公務員の場合)というのは、本来的には使用者の業務秩序を守るためですし、労働者の行為は解雇や免職との関係では、あくまでも担当している業務に問題があるのかということを中心に評価すべきです。そういった点から冷静に見たとき、教師が売春をして逮捕されたことは、それが報道されず、保護者の間で噂にもなっていない場合、その教師の業務(教育活動)上、それほどの問題でしょうか。
 もちろん、使用者側(この場合教育委員会)は建前や自己保身からけしからんと声高に言います。しかし、労働者、一般の庶民がそれに乗せられ、労働者の首を切りやすい世論を作っていくことは、結局、労働者の地位を不安定にし、使用者がやりやすい制度と社会を作ることにつながります。
 不良教師の味方をするのかと、不満や失望感をあらわにされる方も出てくるとは思いますが、犯罪者を弁護するのはけしからんと言われても弁護士が刑事弁護を続けるように(私はもう刑事弁護は引退してしまいましたが)、労働事件、特に解雇事件を専門と自負する弁護士として、この一線は守っていきたいと考えています。
    
(2021.9.18記)

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