庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「アメリカン・スナイパー」
ここがポイント
 イラク戦争と、米兵を守るためにイラク人を射殺することが正義と評価できるかが分岐点
 反戦映画という評価もあるが、私にはそうは思えない

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 イラクで公式記録で160人を射殺したアメリカ海軍特殊部隊の「伝説の狙撃手」クリス・カイルを描いた、「クリント・イーストウッド監督史上最大のヒット作」の映画「アメリカン・スナイパー」を見てきました。
 封切り2週目日曜日映画サービスデー、丸の内ピカデリー1(802席)午後1時20分の上映はほぼ満席。

 カウボーイ育ちのクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、30才にして海軍入隊を志願し、選抜試験を受けて特殊部隊に入り、新婚早々、イラクに派遣され、海兵隊の捜索支援で米軍を狙うイラク人を狙撃する任務に就く。初出動で部隊に爆弾を投げようとした少年と母とみられる女性を射殺したのをはじめ突出した射殺数を記録するカイルを仲間は「伝説の狙撃手」と呼んだ。米軍に協力したシャイフ(ナビド・ネガーバン)を見せしめに殺した「虐殺者」(ミド・ハマダ)を殺せなかったことを悔やむカイルは6週間の派遣が終わり、新妻タヤ(シエナ・ミラー)の元に帰っても、虐殺者の用いたドリルの音が忘れられず、心ここにあらずの状態だった。再度イラクへと赴いたカイルは、イラクでは「ラマディの悪魔」と呼ばれ18万ドルの懸賞金が掛けられていた。カイルは「虐殺者」と、「虐殺者」の下で仲間たちを狙撃するオリンピックメダリストの狙撃手ムスタファ(サミー・シーク)を殺害しようと前線に出続けるが…というお話。

 周囲の兵士の多くが、イラクを地獄と捉え、イラクでの戦闘に意味を見出せなかったり、心を病んでいく中、「国を守ること」を使命と考え、それによって「家族を守る」ことになると信じ、米兵を殺そうとした敵を射殺し仲間を守ることには罪悪感はないと言い、イラクでの任務は正義であると言って、身重の妻も幼い子どもも置いて4度にわたり積極的にイラクに赴いて「敵」を射殺し続けたカイルを、英雄と称揚できるかに評価のかかった作品だと思います。私には、使命感というよりも、戦地で狙撃に手腕を発揮したカイルが、妻子との穏やかで平凡な生活に飽き足りず、自己の才能を活かせる場であるイラクを選び、妻が指摘するように家庭を顧みず家庭よりもイラクを選んだと見えますが。
 イラクで民家に踏み込み家人を縛り上げる米兵を支援するために、遠く離れた屋上からイラク人を狙撃し続ける者を英雄と評価したがる感覚には、私はあまり付いていけません。イラク側がカイルを悪魔と呼ぶのは当然と言えるでしょう。むしろ、米兵だけを狙撃するムスタファの方が正義感・使命感に基づいて行動しているように思えます。
 カイル以外の米兵のイラク赴任への不満や、帰国したカイルに対する妻や医師の反応に、反戦映画と評価する向きもあるようですが、私は、カイルの射殺がすべて米兵を守るためとされ(女性や子どもの射殺も「誤射」の例は一つもないとされ)、カイルが罪悪感は全くないと言い切るところからも、カイルとイラク戦争を否定的に評価することはおかしいと主張しているものと考えます。
 私は、カイルについては、生きる方向を見誤った愛国幻想の犠牲者とも思います。カイルの父親が、「世の中には3種類の人間がいる。羊と狼と番犬だ」と言い、番犬としての生き方を勧める場面が象徴的です。「番犬」が望ましい姿で、それを際立たせるために人間を羊と狼と番犬の3種類とする歪な論法によって、人生を見誤り極論的な選択を迫られていく様子は、今後この国でも多数見られそうな不幸を想像させます。もちろん、番犬が偉い(理想)と思い込む特異な思想に浸る本人よりも、そのために被害を受ける多数の周囲の人の方がかわいそうですが。

 カイルは、2013年2月2日に、心を病んだ退役軍人に射撃訓練をする約束で会った際に射殺されたそうです(映画のラストにテロップが入ります)。その際、犯人はもう1人射殺しているようですが、その刑事裁判が2015年2月に始まり、2月24日、仮釈放なしの終身刑の判決が出されたそうです。もちろん、1件の裁判ですべてを語れるわけではないですが、この事件では裁判が始まるまでに丸2年が費やされたということになり、裁判員裁判が導入される以前には耳にたこができるほど聞かされた「日本の刑事裁判はアメリカと比べて遅すぎる」という日本のマスコミが好んで語りたがる神話と実情はずいぶんと違うことがわかりますし、死刑多発州のテキサスで2人射殺しても死刑ではなく終身刑というのは、重刑大好きの日本のマスコミよりも冷静さを感じさせます。
(2015.3.1記)

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