◆私のお薦め本◆
  リーガル・サスペンスとしての宮部みゆき

 2006年に入ってから「魔術はささやく」「龍は眠る」「火車」「理由」「模倣犯」を立て続けに読みました。賞を取った現代物の長編だけ読む安易な読み方ですが・・・
 同い年で元法律事務所勤務(歌舞伎町にあったすごく給料の安い暇な事務所ってどこでしょうね)というあたり、親近感を持ちますが、それをおいても仕事が丁寧ですね。弁護士の目で読んでも、「魔術はささやく」のエンド以外は、あまり違和感はありませんでした。
 「魔術はささやく」のエンドは、警察への出頭ではなく雑誌社に行かせた方がよかったと思います。すでに時効が成立してますから、出頭しても警察は相手にしないし記者発表ももちろんしないでしょうからね。
 催眠術や超能力の出てくる話はおいて、リアリズムで弁護士が出てくる(模倣犯では偽弁護士ですけど)3作に行きましょう。
 「火車」には、多重債務者の事件を長年取り扱ってきた溝口弁護士が登場します。これが年齢の設定以外は行動パターンも話の仕方もまるっきり宇都宮健児弁護士なんですけど(あとがきの謝辞でも書かれていますが、同業者から見ればあとがきに書いてなくてもわかります)。多重債務問題については、取材したことをきちんと反映しているのだと思います。話に全く違和感を感じません。実は、これって結構大変なんです。たいていの人は取材したことを自分なりにまとめて間違います。私の経験上、法律問題で取材されて、出てきた原稿を見て、間違いが全くなく書けてるケースはほとんどありませんから。
 ただ、依頼者がその人から逃げているという状況で、過去のものとはいえ住所と勤務先を教えるかなってところは、ちょっと「?」ですね。まあ、婚約者の代理人ってところで、うーん、どうしようかなってことでしょうか。それから新城喬子について法的に救う手段がなかったのかは、せつないですね。本人が借り主でないから、ただ親の借金だから破産できないのはその通りなんですが、理屈としてはそれでもつきまとう相手には債務不存在確認なり面会禁止の仮処分なりという途は考えられます。それをやっても効果がないと言い出したら、法律を無視する連中なら借り主を破産させても無視して取り立てるかも知れないし・・・その後の拉致監禁になれば、当然刑事事件ですし・・・。そうは言っても拉致監禁前の段階では警察が動いてくれないっていうのは、この作品が書かれた当時の情勢としてはその通りなんですね。現在は、ヤミ金問題がクローズアップされて警察庁の通達も出て、様子が変わっていますが。
 「理由」の占有屋への対応も、当時の情勢としてはその通りです。その後法改正はありましたけど。
 「模倣犯」には、犯罪被害者の遺族のところへ、犯罪を風化させないために加害者の遺族(加害者が死んでますから)に対して損害賠償請求訴訟を起こしましょうと煽る偽弁護士が登場します。最初はもちろん偽弁護士とは書いていないので、少なくとも日本の弁護士はそんなことしないよ〜と違和感を持ちましたし、実はちょっと落ち込みました。この作品、内容から考えて、連続幼女殺人事件とともにオウム事件にもヒントを得ていると思うんです。で、松本サリン事件の遺族の代理人として加害者に損害賠償請求している弁護士としては、「えっ、私らのこともそんなふうに見られてるのかな」って。遺族の方で相談したいって言われないと会合をセットしないし、初対面であんなに無遠慮な物言いをしないし、裁判を起こすなら損害賠償の形にならざるを得ないことは説明するけど弁護士の方から「裁判を起こすべきだ」なんて言わないよ〜って。それに、加害者本人が相手ならともかく、遺族を相手に裁判を起こしても、刑事事件と別に真相を解明するという効果はありません。しかも加害者が子どもなら親の監督責任ということで親に損害賠償責任が認められることもありますが、29歳の加害者について親としての責任が認められることは考えられません。相続人としても、相続放棄すれば、損害賠償債務も相続しません。加害者の遺族を相手に起こすという選択自体、正義という点でも、勝訴見込みという点でも無理があります。結局、遺族から金をだまし取る目的の詐欺師で偽弁護士ということがわかって、ホッとしましたけど。
 「模倣犯」は文庫本でも5冊組約2500頁(原稿用紙3551枚だそうです。作者のHPでの発言によれば)。この分量はほぼ「指輪物語」に匹敵します。これだけの長さを読ませる筆力はさすがです。文章も読みやすくて、かなりのスピードで読めます。実際、このところ宮部作品になれてしまったせいか、他の本を読むと読みにくくて・・・。第1部が世間側から事件の進展を書いて栗橋浩美と高井和明の事故死で終わり、第2部がそれを栗橋浩美の側から書くということで、結末が決まってそこに向けて書くというパターンも破綻なくまとめています。このパターン、なかなかうまくいきませんよね。STAR WARS エピソード3 みたいに・・・。布石もきちんと打ってあって、週刊誌の連載でこんな緻密な仕事ができるんだと感心します。もっとも、作者の狙いとしては、第2部の終わりで栗橋浩美にも同情すべきところがあるという気持ちにさせたいんでしょうけど、私はどう説明されても栗橋浩美に同情・共感する気持ちにはなれませんでした。そして第3部は残された悪者の網川浩一がどうなるかを焦点に進展しますが、そういう観点では、ちょっと進行が遅いなと思いますし、「指輪物語」同様、クライマックスがちょっとあっけなさ過ぎるかなと・・・
 宮部作品は、謎解きはあまりポイントになっていなくて、たいてい作品の半ばで謎の答は明らかにされてしまいます。それよりも、登場人物、それも脇役にも心情や人生が書き込まれていて、作品の結末とは別にこの人たちの来し方行く末が気になってしまう、そういう余韻があります。ミステリーというよりも人間・群像の描き方に惹かれます。キャラに愛着を持ってプロフィールを書き込んでいますって言い方にすると「ゲーム女」の本領発揮ということなんでしょうけど。

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