私の読書日記  2009年1月

10.キネマの神様 原田マハ 文藝春秋
 映画好きの老人が娘が就職した斜陽映画雑誌社が立ち上げた映画ブログ「キネマの神様」で映画の感想を書きつづることで立ち直って行くことをメインストーリーに、関係した人々の前向きな変化を誘っていく小説。前半、ギャンブル中毒で借金まみれになった80歳近い父親と、シネマコンプレックス担当課長を辞めて失業した40歳近い娘の展望のない話が続きますが、娘がひょんなことから、伝統はあるもののつぶれかけの映画雑誌社の編集長に見初められて就職し、アニメオタクの先輩編集者、引きこもりの天才ハッカーの編集長の息子の引きで父親に映画の感想を書かせてブログを立ち上げてからは明るい展開となっていきます。特にギャンブル中毒のどうしようもない人物だった父親が、娘や長年の友人の名画座経営者のために一肌脱いだり、この歳にして大きな成長を見せます。全編を通じて映画好きのための小説ではありますが、映画の知識がなくてもそれほど困りはしません。ポジティブで、ジンとくるところもあり、読後感のいい作品です。勤続17年で年収1000万円(201頁)の人の退職金が300万円(19頁)ってちょっと考えにくい設定ですけど。

09.ゲバラ最期の時 戸井十月 集英社
 キューバ革命の闘士エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナの生涯を、生前のゲバラに接した人々のインタビューを元に構成したノンフィクション。2007年2月放映のNHK・BSハイビジョンの番組「チェ・ゲバラ−遥かな旅」のためのインタビューが中心ということですので、1粒で2度おいしいというか、ブームを受けてのあやかり本という感じもしますが、中身はしっかり描けていると思います。特にキューバ革命を成功させた後にキューバを去り、コンゴへの革命の輸出に失敗し、ボリビアの山中でのゲリラ戦で敵軍に囚われ捕虜となった後に銃殺された経緯をゲバラと最期に話した現地の女性教師、ゲバラと直前まで同行していたゲリラ、ゲバラの死の直後に遺体を見た現地の新聞の通信員のインタビューを通じて再現しています。全体にゲバラの思想は置いておいて、状況とゲバラの行動を語り続けていて、読みやすい軽めの読み物に仕上がっています。わずか1隻の船でキューバに上陸した82人の戦士が、政府軍の攻撃でわずか12人となって山中をさまよいながらも、ゲバラが勝利を確信し革命後を見据えて教育・文化の学習を重視していた姿勢に打たれます。革命に成功し、キューバの外務大臣ともいえる幹部となりながら、30歳を超えてゲリラに戻りコンゴで革命を目指して挫折し、その後さらにボリビアの山中でゲリラ戦を闘おうとする意志の強さにも驚きます。ボリビア共産党との主導権争いで決裂し、地理感も補給部隊もなく、そして何より大事な人民の海もなく、消耗戦の後に政府軍に捕らえられ虐殺された運命には哀れを感じます。貧者の、中南米の、革命の英雄として賛美する人々のインタビューにより構成するわけですからもちろん美化されたものとして割り引いて読むべきでしょうが、それにしても、ゲバラの正義への確信と情熱に満ちた生き様には感動を覚えます。

08.群青 宮木あや子 小学館
 不治の病に冒され南風原島にやってきた有名ピアニスト由起子と結ばれた漁師龍二が残された娘涼子を育て、涼子は同級生の大介、一也とともに成長し一也と結ばれるが一也は龍二を超えるために素潜りで赤珊瑚を採ろうとして死に、涼子は心を病んで工事の出稼ぎに来た本土の男たちと手当たり次第に肉体関係を持ち、口を出せない龍二は老け込み、そこへ戻ってきた大介は涼子の心を開かせようと苦心するが・・・というストーリーの小説。最初の由起子と龍二の段階では爽やかなラブストーリーと読めますが、涼子の初潮当たりから暗さを感じさせ、一也の死以後はずっと重苦しくなっています。最後に希望は見せますが、あえてこんなにしなくてもという気がします。誰の立場で読むかということにもよるでしょうけど、龍二の立場で読むと、幼くして母に捨てられ、父も失って自力で一番の漁師となって頑張っていたところに本土からやってきた不治の病の女と惹かれ合って結ばれたと思ったら妻は乳児の娘を残してすぐに亡くなり、近所のおばさんに助けてもらいながら不器用に育てた娘は高校を出たら幼なじみと結ばれた挙げ句に幼なじみが死んで心を病み自分には話しもしてくれず見知らぬ男を引き込むのを傍観するしかないという、やるせない救いのない話。軽そうな語り口のわりに、読んでいてしんどいお話でした。

07.数字でみるニッポンの医療 読売新聞医療情報部 講談社現代新書
 医療の値段を入口に医療をめぐる統計などから現在の医療について報じた読売新聞の連載記事をまとめたもの。個室でもないのに要求される多額の差額ベッド代や月何万円ものおむつ代(51頁)などの保険外費用の話には、まだこんなことやってるのかと驚きます。これまでは発見できなかった悪性でないガンが検査で大量に発見できるようになったことや連絡不能者(本当は死んでいる可能性が高い)が外されることでガンの5年生存率が高く計算されている(84〜86頁)などの数字のマジックも、なるほどと思いました。さらに、診療指針を作成した医師の大部分に製薬会社から多額の寄付が行われているという話(150〜152頁)と日本の診療基準は健康人や現実には長生きする人々まで要治療扱いするという話(161〜166頁)もあきれます。タミフルは全世界の7割を日本で使っている(174頁)とか日本は世界屈指の抗生物質使用国で、抗生物質の効かない耐性菌の割合も高くなっている(180〜182頁)とかも改めて数字にされると驚きます。医療の側の問題だけでなく、人口当たりの自殺率が西側先進国で一番高い(110頁)、精神科のベッド数が世界一多い(113頁)なども考えさせられます。新聞の連載で1つ1つの話題が短いため掘り下げられませんが、テーマそのものはいろいろ考えさせられるところの多い本だと思います。

06.自治体職員のための政策法務入門2 市民課の巻 松村享、監修出石稔 第一法規
 地方自治体の市民課の職員が業務上直面しそうなことがらについて、法律上の扱いと昨今の情勢から今後の展開について考えた方がよさそうなことを、エピソード形式でまとめた解説書。役所のマニュアル本という感じなので前例踏襲かと思いましたが、意外に今後の変化への含みと前向きな検討を促す部分があります。シリーズタイトルで「政策法務」と打っているところからも、「法律で決まっているから」だけで対応するなという方向性が感じられます。サブタイトルの「夫婦別姓の婚姻届が出されたら」も最後の方にエピソード形式で出てきますが、現行法上受け付けることはできないが、不受理とされた者の家庭裁判所への不服申立で裁判所が今後は別の判断をする可能性もあるとまで踏み込んでいます(218頁)。印鑑登録事務には法令上の根拠がなく条例でやっている(10〜11頁)というのも知りませんでした。そう難しいことは書いていませんが、日頃気がつかないことがいろいろあり、勉強になりました。

05.遠ざかる家 片山恭一 小学館
 特に問題なくやってきた47歳歯科医が、子どもは大学に行き自活、妻も義父の介護を理由に実家に帰って戻ってこず、NHKのディレクターだった兄は単身赴任中の妻の不倫が原因でかアル中で入院といったできごとの中で、祖父の代からの家族の過去の記憶と向きあいながら、家族を考え喪失感・諦念・解離感に囚われるというようなお話。家族のというか一族の記憶、血の(血族の)記憶という感じの重苦しさ、近親者を失った者の哀しみの感情の処理を解離・離人感への転換で図るやりきれなさといったものに満ちています。ストーリーはそれなりに展開しているようでいて、そういった重苦しさのためもあり停滞感・閉塞感が先立ちます。問題なくやってきた夫に、ぼんやりして話しかけても返事もしないことがある、何を考えているのかわからない、私には居場所がないなどといって実家に帰ったまま戻らない妻には共感できませんでしたが、一族の過去の記憶に入れてもらえない妻の居心地の悪さと捉えれば、まぁそうなのかなとも思えます。いずれも5歳で娘を失った祖父の代、父の第2代の重苦しさを、8歳まで育った娘を希望に明るさを見出そうとするエンディングは、しかし、8歳はおろか40代まで育った妻や兄嫁が暗い思いをしていることからすると、自己満足的な思い込みの域を出ないと思うのですが。「胸に付けてるマークは流星・・・和也の好きだったマンガの主題歌だ」(212頁)って、私と同い年の小学生時代にリアルタイムで見たはずの世代が、「ウルトラマン」(実写特撮怪獣もの)をマンガと間違えるというのはちょっと信じがたい。

04.アイデアのちから チップ・ハース、ダン・ハース 日経BP社
 アイディアを、というよりはメッセージを聞き手の記憶に焼き付かせるためには、情報をどのように選択してとりまとめ表現すればよいかを論じたビジネス書。著者のまとめた成功するアイディアの6原則は、単純明快で(Simple)意外性があり(Unexpected)具体的で(Concrete)信頼性があって(Credentialed)感情に訴える(Emotional)物語(Story)=SUCCESs。単純明快さは、ただ平易であるということではなく、アイディアの核となる部分を簡潔に述べることが必要。大事なことは的確さと優先順位。「3ついうのは、何もいわないのに等しい」そうです。ビジネス書ではよくポイントは3つあると言えと書いてありますが・・・。意外性については、驚きを与えることが重要だがそれが核となるメッセージが伝わったときに理解できる(振り返ってみれば納得できる)ものであることが必要で、ただ驚かせるだけでは無意味。もっとも、意外な事実を最初に出せという前段と、関心を継続させるためには謎から始めてヒントをちりばめ最後に謎解きをすべきという後段のズレが悩ましいところ。信頼性を得やすいメッセージの要素は、具体的な細部、統計、一番厳しそうなクライアントの信頼を得ているなどの事実(「ここでうまくいけば、どこへ行ってもうまくいくさ」というシナトラの歌から、著者はシナトラ・テストと呼んでいる)、聞き手自身が検証可能な信頼性。感情に訴えるでは、例えばアフリカの子供たちを救うための寄付を募るケースで、統計で説明するよりも具体的な1人の子どもを紹介する方が寄付が集まる、ここまではいいんですが、1つの計算をさせてから全く同じ1人の子どもの話を読ませて寄付を募るとただ子どもの話を読ませた場合より寄付額が大幅に(半分くらいに)減ったという実験(226〜229頁)は衝撃的。物語ではシミュレーションとしての意味を持つものと人を励ます物語が記憶に残りやすく、挑戦(障害の克服)、絆(仲良くする、絆の回復)、創造性(新しい発想)の要素が人々を励ます物語となりやすい。様々な点で、考えさせられることの多い本です。アイディアを伝える上で最大の敵が「知の呪縛」(専門家は知識があるがために、その知識がない状態を理解できない→自分が理解できる抽象言語・専門用語で説明するだけで一般人も理解し関心を持つと思ってしまう)ということは、肝に銘じておきたいと思います。わかっていても対応が難しいテーマですが。私の仕事がら、とりわけ実感するのは、信頼性の点で、具体的な細部があることが信頼性を増すという話。いつも依頼者に陳述書や証言には事実のディテールが重要で重要なことが起こった当時のことはつまらないことでもとにかく詳しく思い出してくださいと言っているんですが、一般人なのに具体的な事実や具体的な言葉でなく抽象的に言いたがる人が多いんですね。抽象的な言葉をしゃべりたがるのは、専門家だけじゃないんです。ところで、著者の名前が、本文の中でだけ「ヒース」(20頁)になっているのはなぜでしょう。タイトルも「アイディア」じゃなくて「アイデア」なのはどうして?

03.初恋素描帖 豊島ミホ メディアファクトリー
 中学2年生の恋愛感情と学校生活を、同級生20人のリレー語りで書きつづった青春小説。想い・憧れ・好意を持つ異性(同性も・・・)の同級生とのエピソードが語られ、その次はその同級生側とか、絡んだ友だち側からそのエピソードを絡めて想いが語られます。視点が変わることでエピソードや関係が少しふくらみ、そういったところに味わいのある読み物になっています。でも短編連作で、元は雑誌連載で間があいているためか、つながりが悪いところもあり、流しては読みにくい。そしてそれぞれの登場人物の想いが掘り下げられないことに不満が残ります。様々な思いと思惑の絡まる中学生時代の教室とその中にいる自分を思い起こせればというあたりが、正しい読み方かと思えます。

02.純情期 小川勝己 徳間書店
 ふだん化粧っ気のない保健体育・生活指導の齋藤瑠璃子先生の白く肉感的な太ももを目にしたことを契機に瑠璃子先生の美貌と魅力に気付き虜となった中学2年生の主人公日高優作が、瑠璃子先生の気を引くために瑠璃子先生が顧問の体操部に入部し、妄想とモーションを繰り広げる青春小説。ラブコメと呼ぶには下半身の妄想が暴走し過ぎで欲求不満むき出し青春小説というところでしょう。中学生時代に女性教師をはじめ年上の女性に憧れることはわかりますが、ここまで直接的な性欲だけで終始するかなぁという気はします。作りが優作と瑠璃子先生のことにだけ向いていて、後の展開はほったらかしになるのが、カラッとした感じとスッキリしない感じを残します。瑠璃子先生を襲った強面の瀧口らがどうなるかの方は、まぁどうでもいいんです。でも、優作の親友で彼女の家の借金苦を聞いて街金に乗り込んで火炎瓶を投げて捕まったェ之を、ただ掻き回しのネタ扱いで解決せずフォローしないでぶん投げるのは、ちょっと酷い。こういう重めのテーマを単にストーリー進行の材料として扱って放置されると、作者の姿勢に疑問を感じます。お笑いネタにするならせめてきちんとェ之を救い出すのが作者の務めじゃないでしょうか。そうしてくれないとコメディとして気持ちよく読み終えられません。それから同級生の佐倉にも欲情したとまどい(201〜202頁)も、その後全然フォローされてません。瑠璃子先生と優作以外の登場人物は、いかにもストーリー作りの道具って感じがしてしまいます。

01.配達されたい私たち 一色伸幸 小学館
 うつ病となり失業中の元旅行会社添乗員が、廃墟となった元映画館で自殺しようとして失敗した際に放置された7年前の郵便物を発見し、そのうち原形をとどめていた7通を配達してそれが終わったら自殺しようと決めて配達し7年前に届かなかった郵便が今届くことによって目の前で展開される人生の悲喜こもごもを見て、喪失していた感情を少し取り戻し・・・というストーリーの小説。この主人公自体、戦場カメラマンを志向しながらイラクに行くのが怖くてタイにとどまって娼婦とギャンブルに溺れてしかも世話になった娼婦を見捨てて帰国した情けない設定ですが、他人の人生に対する視線が冷たく意地悪。ふつう目の前で人生の悲喜こもごもに接すれば、思い直すでしょうし、少なくとも終盤は実家に帰った妻の元に向かうと思うのですが、ちょっと予想外のラストです。身勝手な人物にはそれらしき苦悩がという教訓なのか、それにも関わらず見捨てられない幸せと読むのか。いずれにしても、これだけ条件があっても建設的に前向きに進まないところにうつ病の深刻さを見るというお話なのでしょう。

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